1.今西自然学
今西錦司の「自然学」は、今西自身が晩年「自然科学の方法論ではない」と明言し、自然学とは「生物と自然とをもとのままの一対としてつかむ方法があるかどうか」を狙っていると語っている。
だから生態学のように、生物と環境との関係を研究する学問であるという定義を下すとなったら、もうそれは生物と自然とが一体になっておらん。その間にもう分析が行われているわけですね。
それで、分析を行えばもうその一体というものに対する忠実さを失うていることになる。そこを全体としてつかむ方法があるかどうか。
今西錦司『自然学の展開』
鶴見和子の証言によれば、後に、F.ヴァレラが、「いや、今西さんの生物と自然を一体としてつかむという≪方法≫は、十分自然科学として扱えるものだ」と言っているようだ(おそらく自身が提唱したオートポイエーシス論のことを指している)。
だが、少なくとも、今西が現役だった時代の自然科学のメインストリームは、この生物(図)と自然(地)を一体化して掴む、という「方法論」は、そのパラダイムに反するものだった。

(自然学は)それをやろうと思うたら、自然に対してですね、エイとばかりに達観する。達観によって把握する。あるいは大悟一番という言葉があります。大悟のゴは、悟りですね。悟りをひらいて把握する。
同上
ここで、今西の語っている「悟り」というのは、岩田慶治もよく使う語彙だが、要は「生物と自然とをもとのままの一対としてつかむ」即ち「図と地を同時に掴む」ということだと定義してよい。
なぜ、そのことに「悟り」という言葉があてられるかというと、通常の認識主体には、それが不可能事だからである。
通常の認識主体であれば、図にフォーカスすれば、図以外は地に背景化する。その地のなかから異なる図を見出せば、その図以外、先ほどの図を含めてまた地に背景化する。つまり、認識主体と図の二項性が前景化すると、それ以外の要素は背景化してしまう。
認識主体というものを立てた瞬間、二項性の呪縛に捉えられ、「図と地を同時に把捉する」ことからは、はじかれてしまうのである。「図と地を同時に把捉する」には、通常の認識主体とは別様の在り方が要請される。この別様の在り方を指して「さとり」と呼んでいるのである。

そこの意識(認識主体…引用者注)というのは、もともと自意識なんで、デカルトの「我考える故に我有り」が自意識です。
この自意識に対して、他意識というものがある。他意識というものは、この宇宙に非常にびまんしていてですね、もういっぱいうじゃうじゃしているわけですね。
そんなものが、みんな意識されたら、我々はもうみんな窒息死する以外にない。
それがちゃんと規制されているんですね。交通整理ができておって、我々のところへはそう他意識がうようよと入ってこないようになっている。
同上
つまり、意識(認識主体)による認識には、その存立の段階において防衛機制が働いており、「宇宙に非常にびまんして、うじゃうじゃしている他意識」、即ち「多なるもの」がありのままに迫ってこないように機制されている、というのである。

さて、とりあえず、ここでは、今西が提唱する「自然学」が、上記のように、認識主体による分析的知性を超脱したところで、図と地を同時に把捉する(生物と自然をもとのままの一対として把捉する)方法論であるということを押さえておく。

2.今西錦司のフィールド体験
今西は、日本、世界の山岳、モンゴルの平原、アフリカと、生涯の多くの時間をフィールド体験のなかに過ごした人であった。
自然が大好きで、学者としてよりも登山家として、自らのアイデンティティを置いていたような人であった。今西の「自然学」が、まず、フィールドでの実感をもとにして、いかにその実感を十分に汲み取る理論を構築すればいいか、という動機をもっていたことを忘れてはならない。
つまり、今西の理論は、フィールド体験にその根をもつのであって、もちろん先行研究には十分な配慮はするものの、けっしてアカデミズムにインスピレーションの源を求めていたわけではないということである。
今西はよく「先覚者」という言葉を使う。アカデミズムのメインストリームとは相いれなかったとしても、フィールド体験のなかに直観を求め、その直観で掴んだ感覚を言語化しようと務めた人びとを指してそう呼んでいるようだ。
今西自身が、その「先覚者」の系譜に連なる人であることは言うまでもない。これは、ミシェル・セールがルクレティウスを論じた「パラダイム批判」を参照すべき問題かもしれないが、ここでは指摘するにとどめておく。

全集9巻の随筆集で、今西は自分にとっての山の体験について、
「私の友だちには、やらせれば山登りがすばらしく達者なくせに、いっこう山登りに熱意を示さず、このごろはもうほとんど山に登らなくなったものもある」と指摘したうえで、自らは未熟だから登りつづけるのだ、とつづける。
「いつまでたっても、酒を飲めば酒に酔いしれることしか知らない私などは、いくらえらそうなことをいってみても、絶対に山の達人なんかには、なれないのかもしれない。(…)」
そして、だから、いつか私は山で遭難するかもいしれない、といい、随文をこう結んでいるー
「山なんかにくらべたら、私はしょせん血の気の多い、不安定な人間であるにすぎない。」
ここに、今西にとって山、ひいては自然が、どのようなものとして体験されていたのか、象徴的に表現されているように思われる。

フィールドの知、とは要はどういうものなのか。
フィールドの知とは、主体的な制御の効かない環境のなかで、環境それ自体に内蔵された秩序に、自らもその一部となることで共振する、そこに発動するものではないか。
人間が主体として考えているのではなく、むしろ、山や川、森が考えている、人間は山や川、森の思考を「翻訳」する、それがつまりフィールドの知ということであろう。

今西はフィールドの人であった、そしてフィールドでの体験を、アカデミズムの言葉で“裏切る”ことなく、自らの言葉で語った「先覚者」であった。

3.多元的汎心論
さて、今西は、フィールド体験をもとに、図と地を同時に把捉する(モノをありのままに把捉する)自然学を提唱した。
その図と地を同時に把捉するという方法論の背景には、若い頃今西がよく読んだという西田哲学を援用した独自の哲学があったが、この哲学は、最初期の著作『生物の世界』で、ほぼ完全な形で提示されている。
今西自然学は、『生物の世界』で論じられた普遍的な哲学ー生命観と、その哲学ー生命観に基づいた社会論、歴史論(進化論)をその軸としている。
ここでは、その普遍的な哲学ー生命観の骨格を素描しておくことにする。

結論から述べよう。今西の哲学ー生命観は、多元的汎心論であった。なぜ、そう言い得るのか、『生物の世界』から、その理路を抽出してみる。

1.「進化」ということがあるからには、生物は「ひとつのもの」の変形として考えられる。そして「発生」ということがあるからには、無生物と生物も「ひとつのもの」の変形と考えてよい。もちろん人間もまた例外ではない。
ゆえに、人間は、観察ー分析という二元論的手続きを経ることなく、自らの内観を通して、他の存在を直観することができる。
(認識が)ものとものとを比較し、そのうえで判断するというような過程を踏まなくても、いわば直観的にものをその関係において把握するということであるとすれば、ものが互いに似ているとか異なっているとかいうことのわかるのは、われわれの認識そのものに本来備わった一種の先験的な性質である、といいたいのである。
そして、それというのもこの世界を成り立たせているいろいろなものが、もとは一つのものから分化発展したものであるというところに、深い根底があるのであって、それはすなわちこのわれわれさえが、けっして今日のわれわれとして突発したものでもなく、また他の世界からやって来た、その意味でこの世界とは異質な存在でもなくて、われわれ自身もまた身をもってこの世界の分化発展を経験してきたものであればこそ、こうした性質がいつのまにかわれわれにまで備わるようになった。世界を成り立たせているいろいろなものが、われわれにとって異質なものでないというばかりでなくて、それらのものの生成とともにわれわれもまた生成していった。
『生物の世界』

2.ただ、空間即時間のこの世界においては、「ひとつのもの」はそれ自体として即自的に現れることはない。それは必ず各々「かたち(構造即機能)」をもって現れる。
「かたち(構造即機能)」が異なれば、世界への視点(パースペクティヴ)が異なってくる。
世界に対する視点(パースペクティヴ)が異なるとは、各々の存在者にとって「環境(=環世界)」は異なる現れ方をする、ゆえに、各々の存在者はそれぞれ異世界を生きており、それぞれに対して他性として現れ、融即することはない、ということになる。
構造とか身体とかがまずあってあとから機能や生命が生じたり与えられたりすると考えることは、空間が先にあってあとから時間が生ずると考えるようなものであり、生命と時間とを別々にみる考え方は、時間と空間とを別々なものと考えるのに等しいであろう。
生物がこの世界に生まれ、この世界とともに生成発展してきたものであるかぎり、それが空間的即時間的なこの世界の構成原理を反映して、構造即機能的であり、身体的即生命的であるというのが、この世界における生物の唯一の存在様式でなければならぬと考える。
同上

生物も無生物も実在するものはすべて「ひとつのもの」がメタモルフォーゼしたものであって、あらゆる存在は同質であるがゆえに内観によって直観することが可能であり、だが同時に、空間即時間のこの世界において構造即機能としてしか現象し得ないことから、あらゆる存在は異なる身体=環世界=パースペクティヴをもち融即しえない、ということである。
個々の実在物は、内観によって把捉可能でありつつ、絶対的に異なり融即しないという二重性が担保されており、例えばベルグソン的な一元的生命論にも、デカルト的な主客二元論にも回収されない、多元的汎心論的世界像の描出に成功していると思われる。

したがって、今西にとってフィールドとは、内在でも外在でもなく、内側がそのまま多様性をもった外側へと通じている中間領域なのである。
だからフィールドにおいては、直観の働きが担保されるとともに、他性を帯びた事物の多様性に開かれている。

4.多元的汎心論に基づく生物論
生物も無生物問わず、実在するものは、時/空、あるいは、構造/機能の相即のうちにある。ここで言われていることをまとめると、そうなる。
そのうえで、生物と無生物との違いに言及するならば、
身体即生命的であるためには、生物はたえずみずからをつくらねばならない。単に現状を維持することさえもつくるということなくしては成り立たない。実際にはつくられた細胞がつねに新しい細胞をつくって行くことによって生物はその生命を存続しているのであり、そしてこの生物的過程が滞りなく行われるために、生物はつねに外界から原料を取り入れ、これを自己に同化するとともに、不用品はこれを捨ててしまわなければならない。
同上

生物が必ず「かたち」をもち、構造即機能的に存在するということは、それが独立体系であるということである。
独立体系である、ここに生物(あるいは物)が主体/環境の世界線のなかに存在することの根拠がある。
だが、独立体系とはいえ、生物は食べ、排泄して動的均衡を保っている。だから、生物というのは、環境をはなれては存在し得ない。
環境から取り出し環境を考慮の外においた生物はまだ具体的な生物ではないのである。
同上

生物は環境と一対で生物である。それは、生物が絶え間なく、摂食、排泄、呼吸等を行うことによってのみ、物質の絶え間ない流動に依拠して一定の均衡を保つことができる、ということである。
特に動物にとっては、食物の重要性は大きい。
しからば食物とは体内に取り入れられなくとも、生物がそれを食物として環境の中に発見したときにすでに食物なのであるからして、生物が食物を食物として認めたということはすでにそのものの生物化の第一歩であり、同化の端緒であるともいえよう。
環境と言えば漠然としているが、こうして生物が生物化した環境というものは、すなわち何らかの意味において生物がみずからに同化した環境であり、したがってそれは生物の延長であるといいうるのである。
同上
これは今西流の「環世界論」だが、ユクスキュルやハイデガーよりさらにラディカルな議論がされている。
もうすこし引用を続けると、
認識するということは単に認めるということ以上に、すでにそのものをなんらかの意味において自己のものとし、または自己の延長として感ずることである。
生活するものにとって主観とか客観とか、あるいは自己と外界とかいった二元的な区別はもともとわれわれの考えるほどに重要性をもたないのではなかろうか。
生物にとって生活に必要な範囲の外界はつねに認識され同化されており、それ以外の外界は存在しないのにも等しいということは、その認識され同化された範囲内がすなわちその生物の世界であり、その世界の中ではその生物がその世界の支配者であるということでなかろうか。
同上

環世界のもつ意味とは、各々の生物が、自らに特化した環境をもつ(そして、それを超えた「客観的な環境」などは存在しない)ということだが、その環世界の概念をベースにして、今西はさらに「認識とは同化である」というところまで議論を敷衍している。
つまり、環世界論を敷衍すれば、「環境の拡大」とは要するに≪認識する(=同化する)世界の拡大であり、認識(=同化)の拡大とは生物における統合性の強化とか集中化とかを意味する≫ということになる。
これは、ニーチェ的な世界像であるとも言い得るが、今西の場合、そこで、
だから二匹の生物がその生活力において釣り合うということは、これを環境というものを介して考えるならば、その二匹の生物がお互いの環境に対してお互いに侵入しないような状態におかれているものとみなすことができるのであり、そこに環境を主体の延長と見た場合の生物個体の独立性というものも認められるのである。
と、生物の複数性の場へと、視座を転換するのである。この視座から、すみわけ論も要請されることになる。

さて、以上で、今西の「自然学」、その基本的哲学として多元的汎心論、多元的汎心論に基づく生物の環世界論の素描を終えた。
この議論を踏まえて、今西の汎社会論、進化論が展開されることになる。特に汎社会論については、私はその拡張性をたいへん高いものだと考えており、その示唆も含めて記事を改めて論じておくことにする。