2018年03月

今西進化論

1.汎社会論と対としての今西進化論
西田哲学を援用しつつ構築したその独自の多元的汎心論に基づき、今西が提唱した汎社会論については、個/種(の社会)/生物(の社会)=生態系といった定式で集約しておいた(今西錦司の汎社会論)。
この汎社会論において、個は種と表裏一体、相互包摂の関係にあり、種と生態系もまた表裏一体、相互包摂の関係にある。今西進化論は、この汎社会論と対で捉えられねばならない。

個は個として生きるのだが、あくまでも種との相互包摂において存在する。ひとりひとりの人間がいかに「自由」だとはいっても、「さあ猫になろう」と言ってすぐに猫に変身できる「自由」はない。
そして、種は生態系との表裏一体としてある。その生態系は「すみわけ」を基本原理として、動物の場合は部分的に捕食ー被捕食関係のカップリングが成立する、そういう「場」のことである。
個/種/生態系は、双方向に規定しあっており、だから、そうした今西の立場からすれば、進化ということも、例えば突然変異説等の「個に寄った理路」は、この種の論理を汲み取れていないものだということになる。
すでにある有機物が最初の生物に変わるとき、そこに一個の生物だけができたのではなくて、同時に複数の同じような生物の個体が生まれたように、その後も複数の種個体が複数の種個体に、かわってゆくものでなければならない。種個体というのはでたらめな存在でなく、同じ種個体の複数的存在によって、種個体というものを支えているのだから、種個体がかわるときには、みな同じように変わるのでなければならない、それがもし、でたらめに変わるようなものだったら、種社会というものがばらばらに崩壊してしまうからであります。
『社会と個体・社会進化と個体進化』

2.二つの進化論
今西は、ダーウィニズムの流れをくむ正統派進化論と、自分の進化論には、ある重要な違いがあるとする。
ここに二つの進化論がある。その一つは、ランダムな突然変異に基礎をおいた進化論であり、これがいわゆる正統派進化論である。もう一つは、方向性をもった突然変異に基礎をおいた進化論であって、私が二十年以上まえから、主張してきたものである。
「私の進化論」

正統派進化論は、主客の分離を前提として、主である個体がランダムな突然変異を繰り返すことで、客観的環境のなかで適者生存が選択されるとする。だが、今西進化論では、まず、そもそも主客の分離が前提されていない。
今西の説くところをもうすこし見てみよう。

さて、この二つの進化論には、さらに二つの重要なちがいが含まれている。ランダムな突然変異に基礎をおいた進化論は、個体間にはたらく自然淘汰をもってこなければ、理論的に完結していないけれども、方向性をもった突然変異に基礎をおいた進化論は、個体間にはたらく自然淘汰をもってこなくても、それ自身のうちに理論的な完結性をもっている。この点は大きな違いである。
同上

もう一つのちがいというのは、ランダムな突然変異に基礎をおく進化論というのは、もともと個体の変化から種の起源を、あるいは生物の進化を、説明しようという立場である。これに対して、方向性をもった突然変異に基礎をおいた進化論は、種の変化から種の起源を、あるいは生物の進化を、説明しようとする。すなわち、種とは、環境に適応するため、たえずみずからを作りかえることによって、新しい種にかわってゆく。これが進化であるとすれば、進化とははじめから、種レベルでおこる現象であるというのである。
同上

今西進化論では進化の「単位」が種であるということが言われている。今西においては、個は個/種の表裏一体として現象する。当然の帰結として、進化の単位は個/種であり、種と切り離された個がランダムに突然変異して自然淘汰によって最適化される、という考え方は受けれ入れられない。

そもそも個が個としてランダムに振る舞い得る、そして客観的自然のなかで淘汰圧が働き適者生存することで進化の方向が決まる、これは、種とも環世界からも切断された抽象的な個が、主体として単一の客観的世界に対峙している、という近代的な世界像を前提としたものだ。
だが、今西にとって、個はあくまでも個/種であり、そうだとすると、進化とは、個/種の内発的創造性を想定しないと成り立たなくなる。

この今西の世界像は、生命現象が内部記述的にしか捉えられないという、現代の情報論的な生命哲学にも通じるものであると言える。すくなくともその世界像としては、今西の議論は、先見的なものだ。
この今西進化論のエッセンスは、柴谷篤弘を経由して、池田清彦らの構造主義生物学にまで引き継がれ、ダーウィンvsラマルク、ドーキンスvsグールドといった進化論論争の構図のなかで、重要な視角を提示している。

3.共進化
全集第二巻「人類の誕生」ーこれは人類に普遍的な文明史を素描した論考だが、ここに「植物が人間に歩みよる」と題された一節がある。
野生の禾(イネ)科植物は、もともと実ると、その穀粒がバラバラと地に落ちる性質があった。その方が散種に適しているからだ。北アメリカの大湖周辺に住む原住民がマコモの実を拾い集めるのと同じように、当初、人類は、麦や稲の実を拾い集めていたものと思われる。だが、農耕が始まると、実を拾い集めるより、穂を刈り取った方が効率がいい。
穀物が熟してバラバラ地に落ちるのは、野生植物に備わった環境への適応性だったが、これは人間による農耕という新しい環境においてはもはや無意味なものとなってしまう。
「そこで、いつのまにか、穀粒が熟してもおちないようになった」と今西は言う。穀粒の脱落性が非脱落性に変わっていった。
これを野生植物の栽培化といってもいい。しかし、ここで注意すべきことは、栽培化といっても、人間のほうで脱落性の野生種の中に、たまたま突然変異で生じた非脱落性のものを見つけだし、それだけを選択的に栽培することによって、意識的にふやしたものではけっしてないということである。
事実は、脱落性の穀粒も非脱落性の穀粒も、同じように穂刈りされ、区別せずに播種されていたにもかかわらず、しだいに非脱落性に変わっていったというのだから、これはむしろ、植物のほうでみずからすすんで変わったのだ、といったほうが正しいのである。
『人類の誕生』

ここでは、禾科の植物と人間との「共進化」ということが言われている。
最近一部の人類学から、家畜は人間の「道具」として一方的に扱われてきたわけではなく、むしろ共生のすえ、共進化してきたのだという視点が提示されているが、今西によれば、人間と植物も、農耕において共進化してきたのである。

4.「立つべくして立った」ー今西進化論における「同時性」の問題
3の「共進化」というトピックは、今西生態学のポイントが集約されている現象だ。
今西生態学では、種は<図>として、その環境=<地>において存在すると考えられるが、その環境=<地>とは、「静的な背景」ではなく、多種多様な生命種、物質が相互に牽制し合う、動的な混合体である。
だから、或る種が別の或る種に関わるとき、その種間では、相互に相互を環境=<地>とする適応(=応答)が為されている。
狩猟や農耕、牧畜において、人類が、特定の或る種を選んで捕食するとき、その種もまた「人類の捕食」ということを自らの環境に組み込んで「適応」するということである。

この「共進化」という現象をさらに考えていくと、今西の有名な言葉、人間の二足歩行の起源ー「立つべくして立った」という言葉に繋がっていく。
種の進化は、環境との絶え間ない牽制、相克、棲み分け、相即というダイナミズムのなかで起る。或る特定の種だけにフォーカスして考えてもわからない。

岩田慶治『木が人になり、人が木になる。アニミズムの今日』に、今西研究会に参加していたとき、この言葉を聞いて、この言葉は、科学者たちには評判が悪かったが、自分は「同時という時間のあり方に強くひきつけられた」と書かれている。
ふと気づいて、あたりを見回してみると、あのサルも、このサルも立ちあがっていた。環境や才能にめぐまれたサルだけが立ちあがって、サルからヒトへの進化の先頭に立ったのではなかった。サルが、甲乙なく、同時に立ちあがった。「立つべくして立った」。
私は同時という時間のあり方に強くひきつけられた。因果関係とは違った世界のあり方がそこに開かれていると思ったからである。
『木が人になり、人が木になる。アニミズムの今日』

この「同時」ということをめぐって、同論考のなかで、岩田はこんなことを言っている、-
投げ矢を投げるという行為、つまり原因が、的に当たるという結果を生みだす。それに違いないようだが、でもホントにそうだろうか。そうじゃないのではなかろうか。
投げ矢を投げる前に、矢はすでに的に当たっていたのではないか。もともと一つだった矢と的が、そのときもとにもどった。
目に見えない糸に引かれるように、自分の故郷にもどるかのように、矢は一直線に的を目指して飛んだ。
同上
ここで岩田が、今西の言葉に同時性、即ち「因果にかかわらない世界」を見出しているのは、非常に重要なポイントだ。このポイントに注目することで、今西進化論を、現在的な実在論に接続する、強い理路が得られるだろう。
在るものは在り、したがって、起こることは起こる。…

5.今西進化論における「美」の問題
3、4で書いたように、進化とは、そもそも「多種多様な生命種、物質が相互に牽制し合う、動的な混合体」のなかで、自らの位置を占めようという生物の内発的な動機をもって実現される。
だが、それだけだろうか?と、今西は疑問を呈している。
生物もしくは生物の社会というものの中には、ただ単に生きんがためということをもってしてはどうしても解釈できない一面があるということを、ここで素直に認めておきたいと思う。その一面とは生物が意図するとしないとを別として生物が次第に美しくなっていった、よく引き合いに出される例でいえば、中生代の海にすんだアンモン貝の貝殻に刻まれた彫刻が、時代を経て種が生長するにしたがい次第に緻密に繊細になって行ったというが、そこにいわば生物の世界における芸術といったようなものが考えられはしないであろうか。もちろんわれわれ人間の場合と同じではないが、そこにいわば生物の世界における文化といったものがあるのではなかろうか。
『生物の世界』

今西は、問いを提示するにとどまり、全面展開はしていないのだが、文脈を読めば、つまり、生物は世界の潜在データから「美」を取り出し、それはおそらくは性淘汰圧に促され、同種の異性を魅惑するための動機をもつが、その動機を逸脱する普遍性を獲得しているのではないか?ということになる。

今西は、最初期の『生物の世界』で、自らの汎心論的な世界像をほとんど完成させているが、「心」が「心」である根拠に、単に生存への適合性、つまり個の生命を守り、拡張するという要請にとどまらない過剰性を見出していたのに違いない。その過剰性の一側面が、例えば「美」なのである。

個/種/生態系といった汎社会論ということが、そもそもAという種が存立するために、別の位相にBという種が存在しなければならないという、位相空間における共存立の論理とみなさねばならないが、ここで、今西が示唆した「美」とは、どんな種の身体(感覚)にも還元されることのない、位相空間を通約するロジックのあるひとつの現れだったと考えることはできないか。

この一節は、すこし今西と離れた話になる。今西の生物のカルチャーとしての「美」という考え方を敷衍してみよう(まだ生煮え状態の思考なので、とばしていただいても構わない)。
もし美が、「汎社会」に根拠を持つのだすれば、ロゴス的には捉えられないが、それは本来、個/種/生物の相互包摂性のうちに現れる、ある意味非常に「厳密」なものである。その「厳密性」は、しかしそれぞれの種の身体=視点=パースペクティブによって偏向し、主観化の度合いに応じてボケている。とはいえ、“身体に即して現れる”、自然物の美は、やはり非常に解像度が高い。人間の、特に「美」というフレームが与えられたところでの美は、もはやほとんど美ではない。ほとんどの場合、人間の美的営為は、動植物の美的営為に比較して、強度が低すぎる。
だが、人間には、種を超えた「原理」に届く可能性が備わっており、どんなバイアスもかかっていない美を実現する可能性をもつ。例えば、「華厳経」等は、人間が実現した最も完成度の高い美の一事例ではないだろうか。…


附:今西自然学の「リベラリズム」
さて、今西の「種の理論」は、「個は個としてではなく、また種は種としてではなく、個/種が表裏一体として現象する」という基礎のうえに、すみわけ現象を普遍的な理論に練り上げ、さらに進化論に生命の創発性を認めるという展開をみせる。
今西は「全体主義的」と批判されることもあったが、これは「個/種の表裏一体」を「種による個の包摂」と誤解したところで為された批判に過ぎない。むしろ「社会的」な観点で見るなら、今西の個/種の考え方は、非常にラディカルなリベラリズムにつながる。

例えば、今西的な視座からは、家族ー社会ー国家という集合単位は、歴史的に偶発的なものにすぎず、生物としての人間にとって必然的なものではまったくない。
私は核家族がサブユニットになった社会から、女性が単独生活能力を獲得したことをとおして、単独生活能力をもった個人単位の社会に移るであろうという、ひとつの未来を描いてみたのですが、ひとによりましては、個人単位の社会なんていいますと、孤独で、疎外されたみたいに思う方もあるかもしれませんが、それは間違いでありまして、男女とも家族というものから解放され、単独生活能力をそなえたものにして、はじめて群れというものがつくれるのである。そこまでゆけばみなさんは好きなようにいろんな方と群れをつくられて、そのどれか一つの群れに属するというのではなくて、いろんな群れに自由に参加されて(…)おおいに楽しんでもらったらいいのではないだろうか。

そうなりますと、もちろん、セックスのほうもフリーセックスにならざるをえないのでありまして、(…)、たとえばテナガザル型のオス一、メス一で群れをつくろうというご希望の方はそのようになさったらよろしいし、それからニホンザルみたいにオス多、メス多の群れでゆこうというのでもかまわん。(…)もともとセックスに関する行動は、育児なんかとちがい、個体本位の行動なんです。それは個人のプライバシーに関する問題なんですね。そんなことまで法律で取り締まろうというのは、怪しからん話で、個人の責任において個人の自由にまかせておいたらよいのであります。

今西錦司の汎社会論

1.汎社会論(個/種(の社会)/生物(の社会)=生態系)
前の記事で、「今西錦司の多元的汎心論」と題して、今西の基本的な存在観、生命観について述べた。この基本的な存在観、生命観に基づいて、今西は、すべての生物は個/種(の社会)の表裏として存在し、またすべての種は、種/生物(の社会)の表裏として存在する、という「汎社会論」を構想した。
「汎社会論」は、個/種(の社会)/生物(の社会)=生態系と定式化できるだろう。
この≪/≫は、あくまでも「表裏」ということであり、例えば、種の社会が個を包摂する、生物の社会が種を包摂する、というホーリスティックな関係にはない点、注意が必要である。この「表裏」であるということ、即ち「相互包摂性」を見誤ると「今西は全体主義的(ホーリスティック)である」という誤読が生じる。
以下に、すこし詳しく今西の論述を追ってみよう。

今西全集第五巻「人間以前の社会」から引く。
社会のないところに個体はなく、個体のないところに社会はない。社会と個体は二にして一のものである。
だから、社会と個体という問題を取りあげる場合に、社会を重視して個体を軽視する立場をとることも、個体を重視して社会を軽視する立場をとることも、どちらもこの問題を解くための正しい立場をとっているとはいいがたい。

社会は個を包摂するものではなく、個が社会を構築、主導するものでもなく、個と社会は相互規定的、或いは相互包摂的に存立する。今西が「社会」というときは、必ずまずその相互性を前提にした「場」が想定されているのである。
これを、凡ゆる個物は、必ず、その個物を成り立たせる共同性と相互規定的に存立する、と敷衍してもよい。
今西は、この自分の立場を指して「汎社会論」と呼んでいるのである。

そして、「汎社会論」が成り立つ、その根拠について、今西はこんなふうに論じている。
そもそもこの世界を形づくっている、もろもろの構成要素の中に、たった一つきりしか存在していないというようなものは、じつはどこにもないのです。無機物の世界というものが、すでにそうなのです。だから有機物の世界だってそうならざるをえない。
ある特殊な有機物がある特殊環境条件のもとにおいて、はじめてこの地上最初の、ごく単純な生物に変化したときのことを考えてみても、それはある複数的な有機物の構成単位が、同じく複数的な生物の構成単位、すなわち生物の個体に変化したものにちがいない。
(…)要するに、この地上のどこかに、最初のある種の生物が出現したときから、生物の種というものは、すでに複数的個体を、その構成要素として成立していた、ということなのであります。
「社会と個体・社会進化と個体進化」


今西の進化論については記事を改めるが、この理路を押さえて、今西進化論の要諦をのみ、ここで先取りしておく。今西の立場からすれば、進化ということも、例えば突然変異説等の「個に寄った理路」は、この種の論理を汲み取れていないものだということになるということである。
すでにある有機物が最初の生物に変わるとき、そこに一個の生物だけができたのではなくて、同時に複数の同じような生物の個体が生まれたように、その後も複数の種個体が複数の種個体に、かわってゆくものでなければならない。種個体というのはでたらめな存在でなく、同じ種個体の複数的存在によって、種個体というものを支えているのだから、種個体がかわるときには、みな同じように変わるのでなければならない、それがもし、でたらめに変わるようなものだったら、種社会というものがばらばらに崩壊してしまうからであります。
同上

さて、個と社会が表裏ということは、つまり個=項と社会=社会の二元が一元として捉えられる「場」がこの現実の時空であるということになる。この今西の視点からは、当然、個/種だけでなく、種間の関係においても、そこには同じ論理が働かなければならないということになる。
つまり種間には、生態系という「生物の社会」がそこに見出されねばならない。
ここに、先述した、
個/種(の社会)/生物(の社会)=生態系
の公式が成り立つ。

2.人間の社会の特殊性
さて、人間の社会については、しかし、この「生物の社会」から逸脱する過剰な構造をもったことを、今西は指摘する。
プリミティブな人間社会では、生物社会から人間社会への進化といっても、一つひとつの社会はどれをとっても「単層社会」だった。
これはつまり、人間といえども、「生物の社会」において他種と同格である種のひとつであり、つまり、生態系においてひとつの地位を与えられ、その位置を逸脱するものではなかった。
個/腫はさらに「生物の社会」と同期して、人間以外の動植物、その多種間で単層的な均質性を保っていた。

だが、文明社会は、農耕による富の蓄積、その偏り、その富を巡る争闘から要請される軍隊の発生等により、人間社会における個の役割が分極化して、その結果人間の社会は「共同体化」した、と今西は仮説を立てる。「生物の社会」の「おきてをやぶって」、人間社会は「いまやそれ自身の中に共同体をつくりだした」。
この共同体化は、混乱をふせぎ、これを整理するための階層化をも、当然ともなったであろうから、それは同時に単層社会から重層社会への進化でもあった。
そしてまた、この共同体化した社会に統合を与えるため、政治がおこなわれ、その政治が農地までもおおって、ここに国という、より立体化し、より組織化された社会単位も生まれる。
今西は、この、人間の社会の「共同体化」即ち、人間という種が「生物の社会」から逸脱したことをもって、人間の「進化」の決定的な契機であった、と論じる。

今西のこのストーリー自体は、あくまでも仮説の域を出るものではなく、あるいは今後の考古学の発展やより包括的な文明論の提示に伴い、覆される可能性も残している。
しかし、人間とは、個/種(の社会)/生物(の社会)=生態系の「単層社会」から逸脱して、社会のなかにさらに共同体を作るという「重層社会」に生きる存在である、という存在観自体は、一定の普遍性をもつと思われる。
例えば、吉本隆明が『心的現象論』で展開した疎外論も接続し、より膨らみのある議論が展開されうるだろう。

ところで、これは今西自身は論じていない、私の補足的考えなのだが、人間の社会が「共同体化」して、「生物の社会」から逸脱して以降、おそらく人間の社会のなかには、後に近代に繋がる「進歩」へのベクトルと、「生物の社会」とバランスを取ろうとするベクトル(「社会の生理」「神話的知」等)との葛藤を、常に抱えていたのではないか、とも思われる。
近代とは、いわば、この葛藤の「暴力的な解決」であり、文明社会においてもかろうじて保たれていた「生物の社会」との接点を、決定的に切断してしまった時代なのではないだろうか。

3.アイデンティフィケーション
さて、汎社会論を踏まえて、今西は、生物のアイデンティフィケーションを問題にしている。
個/種の社会/生物の社会=生態系の相互包摂のなかで、なぜ、種は種であり、個は個であるのか、という問題である。

今西全集、第七巻「ニホンザルの自然社会」に含まれる「トリ・サル・人間ーアイデンティフィケーションを支える一般理論は可能だろうか」の章で、今西は初めて生物の「アイデンティフィケーション」について論じている。
動物と環境との関係は、動物が環境の中に生きていこうとするかぎり、すくなくとも生きるに必要なだけの環境は主体化されねばならない。
環境の主体化とは、つまり個体/種に応じた環世界の形成を指す。
即ち、他種とのすみわけ関係の形成、捕食ー被捕食のカップリングの形成、同種他個体との生殖関係の形成という具合に、関係の形成を通して環境を主体化する。
そして、今西の汎社会論の当然の帰結として、
環境の主体化は同時に主体の環境化である、ということになる。

私の立場からいうと、アイデンティフィケーションというのは、もともと環境を主体化するためのはたらきかけであり、それが同時に主体の環境化としてのインプリンティングである。

さらに、今西は議論を進める。
しかし、これだけではたして環境の主体化がおわったのであろうか。そうではない。
インプリントされ、主体の中にとりこまれた環境が、必要に応じてレパートリーの中からもう一度取り出され、それが主体のために役立つのであってこそ、ほんとうに主体化された環境であり、環境の主体化ということもそこまでゆくのでなかったら、なにも声を大きくするには及ばぬであろう。
つまり、環境の主体化は、主体の環境化と表裏で実現され、そこに個体のアイデンティフィケーションが成立するが、アイデンティファイされた個体によって、さらにその事況を「レパートリー化=背景化」するところに、固体の能動性といった意味で真のアイデンティフィケーションが成立する。

こうして理路を取り出してみると、例えば、現在、郡司ペギオ幸夫が問題にする「主体の能動性は如何に可能か」ということと、殆ど同じことが解かれようとしていると考えられる。
郡司は独自の「記号化・脱記号化」の転回ー操作によって、私の「このわたし」性を析出する。「このわたし」性は、「純粋な記号」であり、「純粋な記号」はいかなる物象化も必要としない「自己指示性」である。
だが、その「自己指示性」は、ポストモダンで取り上げられてきた世界とは独立な存在としての抽象的な自己言及性とは違い、「背景化した文脈」と共にある。
郡司ペギオ幸男『生命、微動だにせず 人工知能を凌駕する生命』(青土社)から一節を引く。
決して世界から切り離されてはいない。自己指示性は、空間の全体、世界の全体を意味しない。それは或る場所、ここ、において継起する運動である。すなわち、或る局所で成立する運動である。
局所を局所たらしめているもの、局所において閉じているかのような指し示しを実現しているものこそ、局所を取りまく文脈である。それは局所からみた外部環境である。文脈の前景化・背景化は、外部環境からの影響が質的に変化することを意味している。

今西の語り口が滑らかで曲折がないので、逆に理路が読み取りづらいが、こうして郡司ペギオ幸男のある種bizarreな論脈を補助線として援用してみると、ここでは、「個が個であることと個が主体であることを“同時に”把捉する」ということが問題にされているのだと理解できる。

今西は、同じくアイデンティフィケーションの現象を扱った理論として、フロイトのそれを挙げているが、今西理論は、フロイト理論とはまったく関係がないと、わざわざ言明している。そして、より広い基盤に立ってより多くの現象を説明できるのはどちらの理論であるか?と半ば挑発的に語っているが、今西の立場からは、フロイトの理論は「人間社会」を「人間関係」に還元したところで構築された、非常に「末端肥大的」な議論でしかないように感じられたのではないだろうか。

さて、ここでは、今西錦司の汎社会論の素描と、その拡張性の一端(生物社会からの逸脱者としての人間という種の特殊性、さらに汎社会論を踏まえた個体ー主体のアイデンティフィケーション)を示した。

今西錦司の多元的汎心論

1.今西自然学
今西錦司の「自然学」は、今西自身が晩年「自然科学の方法論ではない」と明言し、自然学とは「生物と自然とをもとのままの一対としてつかむ方法があるかどうか」を狙っていると語っている。
だから生態学のように、生物と環境との関係を研究する学問であるという定義を下すとなったら、もうそれは生物と自然とが一体になっておらん。その間にもう分析が行われているわけですね。
それで、分析を行えばもうその一体というものに対する忠実さを失うていることになる。そこを全体としてつかむ方法があるかどうか。
今西錦司『自然学の展開』
鶴見和子の証言によれば、後に、F.ヴァレラが、「いや、今西さんの生物と自然を一体としてつかむという≪方法≫は、十分自然科学として扱えるものだ」と言っているようだ(おそらく自身が提唱したオートポイエーシス論のことを指している)。
だが、少なくとも、今西が現役だった時代の自然科学のメインストリームは、この生物(図)と自然(地)を一体化して掴む、という「方法論」は、そのパラダイムに反するものだった。

(自然学は)それをやろうと思うたら、自然に対してですね、エイとばかりに達観する。達観によって把握する。あるいは大悟一番という言葉があります。大悟のゴは、悟りですね。悟りをひらいて把握する。
同上
ここで、今西の語っている「悟り」というのは、岩田慶治もよく使う語彙だが、要は「生物と自然とをもとのままの一対としてつかむ」即ち「図と地を同時に掴む」ということだと定義してよい。
なぜ、そのことに「悟り」という言葉があてられるかというと、通常の認識主体には、それが不可能事だからである。
通常の認識主体であれば、図にフォーカスすれば、図以外は地に背景化する。その地のなかから異なる図を見出せば、その図以外、先ほどの図を含めてまた地に背景化する。つまり、認識主体と図の二項性が前景化すると、それ以外の要素は背景化してしまう。
認識主体というものを立てた瞬間、二項性の呪縛に捉えられ、「図と地を同時に把捉する」ことからは、はじかれてしまうのである。「図と地を同時に把捉する」には、通常の認識主体とは別様の在り方が要請される。この別様の在り方を指して「さとり」と呼んでいるのである。

そこの意識(認識主体…引用者注)というのは、もともと自意識なんで、デカルトの「我考える故に我有り」が自意識です。
この自意識に対して、他意識というものがある。他意識というものは、この宇宙に非常にびまんしていてですね、もういっぱいうじゃうじゃしているわけですね。
そんなものが、みんな意識されたら、我々はもうみんな窒息死する以外にない。
それがちゃんと規制されているんですね。交通整理ができておって、我々のところへはそう他意識がうようよと入ってこないようになっている。
同上
つまり、意識(認識主体)による認識には、その存立の段階において防衛機制が働いており、「宇宙に非常にびまんして、うじゃうじゃしている他意識」、即ち「多なるもの」がありのままに迫ってこないように機制されている、というのである。

さて、とりあえず、ここでは、今西が提唱する「自然学」が、上記のように、認識主体による分析的知性を超脱したところで、図と地を同時に把捉する(生物と自然をもとのままの一対として把捉する)方法論であるということを押さえておく。

2.今西錦司のフィールド体験
今西は、日本、世界の山岳、モンゴルの平原、アフリカと、生涯の多くの時間をフィールド体験のなかに過ごした人であった。
自然が大好きで、学者としてよりも登山家として、自らのアイデンティティを置いていたような人であった。今西の「自然学」が、まず、フィールドでの実感をもとにして、いかにその実感を十分に汲み取る理論を構築すればいいか、という動機をもっていたことを忘れてはならない。
つまり、今西の理論は、フィールド体験にその根をもつのであって、もちろん先行研究には十分な配慮はするものの、けっしてアカデミズムにインスピレーションの源を求めていたわけではないということである。
今西はよく「先覚者」という言葉を使う。アカデミズムのメインストリームとは相いれなかったとしても、フィールド体験のなかに直観を求め、その直観で掴んだ感覚を言語化しようと務めた人びとを指してそう呼んでいるようだ。
今西自身が、その「先覚者」の系譜に連なる人であることは言うまでもない。これは、ミシェル・セールがルクレティウスを論じた「パラダイム批判」を参照すべき問題かもしれないが、ここでは指摘するにとどめておく。

全集9巻の随筆集で、今西は自分にとっての山の体験について、
「私の友だちには、やらせれば山登りがすばらしく達者なくせに、いっこう山登りに熱意を示さず、このごろはもうほとんど山に登らなくなったものもある」と指摘したうえで、自らは未熟だから登りつづけるのだ、とつづける。
「いつまでたっても、酒を飲めば酒に酔いしれることしか知らない私などは、いくらえらそうなことをいってみても、絶対に山の達人なんかには、なれないのかもしれない。(…)」
そして、だから、いつか私は山で遭難するかもいしれない、といい、随文をこう結んでいるー
「山なんかにくらべたら、私はしょせん血の気の多い、不安定な人間であるにすぎない。」
ここに、今西にとって山、ひいては自然が、どのようなものとして体験されていたのか、象徴的に表現されているように思われる。

フィールドの知、とは要はどういうものなのか。
フィールドの知とは、主体的な制御の効かない環境のなかで、環境それ自体に内蔵された秩序に、自らもその一部となることで共振する、そこに発動するものではないか。
人間が主体として考えているのではなく、むしろ、山や川、森が考えている、人間は山や川、森の思考を「翻訳」する、それがつまりフィールドの知ということであろう。

今西はフィールドの人であった、そしてフィールドでの体験を、アカデミズムの言葉で“裏切る”ことなく、自らの言葉で語った「先覚者」であった。

3.多元的汎心論
さて、今西は、フィールド体験をもとに、図と地を同時に把捉する(モノをありのままに把捉する)自然学を提唱した。
その図と地を同時に把捉するという方法論の背景には、若い頃今西がよく読んだという西田哲学を援用した独自の哲学があったが、この哲学は、最初期の著作『生物の世界』で、ほぼ完全な形で提示されている。
今西自然学は、『生物の世界』で論じられた普遍的な哲学ー生命観と、その哲学ー生命観に基づいた社会論、歴史論(進化論)をその軸としている。
ここでは、その普遍的な哲学ー生命観の骨格を素描しておくことにする。

結論から述べよう。今西の哲学ー生命観は、多元的汎心論であった。なぜ、そう言い得るのか、『生物の世界』から、その理路を抽出してみる。

1.「進化」ということがあるからには、生物は「ひとつのもの」の変形として考えられる。そして「発生」ということがあるからには、無生物と生物も「ひとつのもの」の変形と考えてよい。もちろん人間もまた例外ではない。
ゆえに、人間は、観察ー分析という二元論的手続きを経ることなく、自らの内観を通して、他の存在を直観することができる。
(認識が)ものとものとを比較し、そのうえで判断するというような過程を踏まなくても、いわば直観的にものをその関係において把握するということであるとすれば、ものが互いに似ているとか異なっているとかいうことのわかるのは、われわれの認識そのものに本来備わった一種の先験的な性質である、といいたいのである。
そして、それというのもこの世界を成り立たせているいろいろなものが、もとは一つのものから分化発展したものであるというところに、深い根底があるのであって、それはすなわちこのわれわれさえが、けっして今日のわれわれとして突発したものでもなく、また他の世界からやって来た、その意味でこの世界とは異質な存在でもなくて、われわれ自身もまた身をもってこの世界の分化発展を経験してきたものであればこそ、こうした性質がいつのまにかわれわれにまで備わるようになった。世界を成り立たせているいろいろなものが、われわれにとって異質なものでないというばかりでなくて、それらのものの生成とともにわれわれもまた生成していった。
『生物の世界』

2.ただ、空間即時間のこの世界においては、「ひとつのもの」はそれ自体として即自的に現れることはない。それは必ず各々「かたち(構造即機能)」をもって現れる。
「かたち(構造即機能)」が異なれば、世界への視点(パースペクティヴ)が異なってくる。
世界に対する視点(パースペクティヴ)が異なるとは、各々の存在者にとって「環境(=環世界)」は異なる現れ方をする、ゆえに、各々の存在者はそれぞれ異世界を生きており、それぞれに対して他性として現れ、融即することはない、ということになる。
構造とか身体とかがまずあってあとから機能や生命が生じたり与えられたりすると考えることは、空間が先にあってあとから時間が生ずると考えるようなものであり、生命と時間とを別々にみる考え方は、時間と空間とを別々なものと考えるのに等しいであろう。
生物がこの世界に生まれ、この世界とともに生成発展してきたものであるかぎり、それが空間的即時間的なこの世界の構成原理を反映して、構造即機能的であり、身体的即生命的であるというのが、この世界における生物の唯一の存在様式でなければならぬと考える。
同上

生物も無生物も実在するものはすべて「ひとつのもの」がメタモルフォーゼしたものであって、あらゆる存在は同質であるがゆえに内観によって直観することが可能であり、だが同時に、空間即時間のこの世界において構造即機能としてしか現象し得ないことから、あらゆる存在は異なる身体=環世界=パースペクティヴをもち融即しえない、ということである。
個々の実在物は、内観によって把捉可能でありつつ、絶対的に異なり融即しないという二重性が担保されており、例えばベルグソン的な一元的生命論にも、デカルト的な主客二元論にも回収されない、多元的汎心論的世界像の描出に成功していると思われる。

したがって、今西にとってフィールドとは、内在でも外在でもなく、内側がそのまま多様性をもった外側へと通じている中間領域なのである。
だからフィールドにおいては、直観の働きが担保されるとともに、他性を帯びた事物の多様性に開かれている。

4.多元的汎心論に基づく生物論
生物も無生物問わず、実在するものは、時/空、あるいは、構造/機能の相即のうちにある。ここで言われていることをまとめると、そうなる。
そのうえで、生物と無生物との違いに言及するならば、
身体即生命的であるためには、生物はたえずみずからをつくらねばならない。単に現状を維持することさえもつくるということなくしては成り立たない。実際にはつくられた細胞がつねに新しい細胞をつくって行くことによって生物はその生命を存続しているのであり、そしてこの生物的過程が滞りなく行われるために、生物はつねに外界から原料を取り入れ、これを自己に同化するとともに、不用品はこれを捨ててしまわなければならない。
同上

生物が必ず「かたち」をもち、構造即機能的に存在するということは、それが独立体系であるということである。
独立体系である、ここに生物(あるいは物)が主体/環境の世界線のなかに存在することの根拠がある。
だが、独立体系とはいえ、生物は食べ、排泄して動的均衡を保っている。だから、生物というのは、環境をはなれては存在し得ない。
環境から取り出し環境を考慮の外においた生物はまだ具体的な生物ではないのである。
同上

生物は環境と一対で生物である。それは、生物が絶え間なく、摂食、排泄、呼吸等を行うことによってのみ、物質の絶え間ない流動に依拠して一定の均衡を保つことができる、ということである。
特に動物にとっては、食物の重要性は大きい。
しからば食物とは体内に取り入れられなくとも、生物がそれを食物として環境の中に発見したときにすでに食物なのであるからして、生物が食物を食物として認めたということはすでにそのものの生物化の第一歩であり、同化の端緒であるともいえよう。
環境と言えば漠然としているが、こうして生物が生物化した環境というものは、すなわち何らかの意味において生物がみずからに同化した環境であり、したがってそれは生物の延長であるといいうるのである。
同上
これは今西流の「環世界論」だが、ユクスキュルやハイデガーよりさらにラディカルな議論がされている。
もうすこし引用を続けると、
認識するということは単に認めるということ以上に、すでにそのものをなんらかの意味において自己のものとし、または自己の延長として感ずることである。
生活するものにとって主観とか客観とか、あるいは自己と外界とかいった二元的な区別はもともとわれわれの考えるほどに重要性をもたないのではなかろうか。
生物にとって生活に必要な範囲の外界はつねに認識され同化されており、それ以外の外界は存在しないのにも等しいということは、その認識され同化された範囲内がすなわちその生物の世界であり、その世界の中ではその生物がその世界の支配者であるということでなかろうか。
同上

環世界のもつ意味とは、各々の生物が、自らに特化した環境をもつ(そして、それを超えた「客観的な環境」などは存在しない)ということだが、その環世界の概念をベースにして、今西はさらに「認識とは同化である」というところまで議論を敷衍している。
つまり、環世界論を敷衍すれば、「環境の拡大」とは要するに≪認識する(=同化する)世界の拡大であり、認識(=同化)の拡大とは生物における統合性の強化とか集中化とかを意味する≫ということになる。
これは、ニーチェ的な世界像であるとも言い得るが、今西の場合、そこで、
だから二匹の生物がその生活力において釣り合うということは、これを環境というものを介して考えるならば、その二匹の生物がお互いの環境に対してお互いに侵入しないような状態におかれているものとみなすことができるのであり、そこに環境を主体の延長と見た場合の生物個体の独立性というものも認められるのである。
と、生物の複数性の場へと、視座を転換するのである。この視座から、すみわけ論も要請されることになる。

さて、以上で、今西の「自然学」、その基本的哲学として多元的汎心論、多元的汎心論に基づく生物の環世界論の素描を終えた。
この議論を踏まえて、今西の汎社会論、進化論が展開されることになる。特に汎社会論については、私はその拡張性をたいへん高いものだと考えており、その示唆も含めて記事を改めて論じておくことにする。